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京都地方裁判所 平成8年(行ク)7号 決定 1996年10月04日

京都市中京区夷川通釜座東入亀屋町三四五番地の三

申立人(原告)

目黒允

右訴訟代理人弁護士

高山利夫

籠橋隆明

京都市中京区柳馬場通二条下る等持寺町一五

相手方(被告)

中京税務署長 押谷信行

右指定代理人

谷岡賀美

主文

本件申立てを却下する。

理由

一  申立人の本件申立て

別紙一、二記載のとおり。

二  相手方の意見

別紙三記載のとおり。

三  当裁判所の判断

1(一)  民訴法三一二条所定の文書提出義務は、訴訟当事者を含む国民が裁判所の審理に協力すべき公法上のものであって、基本的には証人・証言義務と同一の性格を有するものと解されるから、この場合にも民訴法二七二条、二八一条一項一号の規定が類推適用され、文書所持者に守秘義務のあるときは当該所持文書の提出義務を免れると解するのが相当である。

(二)  これを本件についてみると、基本事件記録によれば、別紙一の一1記載の各青色申告書一面(本件各青色申告書一面)は、特定の個人又は法人の住所、氏名、職業、電話番号のほか、所得金額、各種控除額、税額等が記載された文書であり、また、同一2の記載の同業者の業態を示す各文書(本件各業態文書)も、右と同趣旨の記載がある文書であると認められる。そうすると、本件各文書に記載されている情報は個人又は法人の秘密に属する事項であるから、国家公務員法一〇〇条一項、所得税法二四三条に基づいて、各税務署長は右事項について、当該個人又は法人に対する関係で守秘義務を負うものといわなければならない。

(三)  この点について、申立人は、本件各文書のうち当事者の特定につながる情報部分を秘した文書を作成して提出すれば守秘義務は貫徹される旨主張する。

しかし、本件各文書上の情報の一部を秘すると守秘義務が貫徹されるかどうかはともかく、民訴法三一二条ないし三一四条所定の文書提出命令制度は、特定の文書の原本が現存することを前提とし、これを所持する訴訟当事者又は第三者に対してその提出を命じるものであるから、相手方において新たに文書を作成させた上これを提出させることは文書提出命令制度の趣旨及び目的を逸脱するものであって、相手方にその旨を命じることはできないといわざるを得ない。申立人の右主張は採用できない。

(四)  したがって、本件各文書の所持者である各税務署長は本件各文書の提出義務を負わないというほかない。

2  そうすると、申立人の本件申立ては、本件各文書が基本事件訴訟において相手方の引用した文書に該当するかどうか、相手方がこれらを所持するかという点について判断するまでもなく、理由がないことに帰する。

四  結論

以上のとおり、申立人の本件申立ては理由がないから、却下することとする。

(裁判長裁判官 大出晃之 裁判官 芦澤政治 裁判官 府内覚)

別紙一 (申立人の文書提出命令の申立て)

一 文書の表示

1 次項<1>から<6>の各同業者の青色申告書一面(以下「本件各青色申告書一面」という。)

2 中井保弘が問い合わせ先各税務署から取り寄せたという、次の<1>から<6>の各同業者の業態を示す文書(以下「本件各業態文書」という。)

<1> 基本事件乙一一号証の同業者調査表で示されたAないしGの各業者

<2> 同乙一二号証の同業者調査表で示されたAないしCの各業者

<3> 同乙一三号証の同業者調査表で示されたAないしCの各業者

<4> 同乙一四号証の同業者調査表で示されたAないしFの各業者

<5> 同乙一五号証の同業者調査表で示されたAの業者

<6> 同乙一六号証の同業者調査表で示されたAないしEの各業者

(本件各青色申告書一面と本件各業態文書とを併せて、以下「本件各文書」という。)

二 文書の趣旨及び証すべき事実

基本事件訴訟において、証人中井保弘は、各同業者の業種について調査を行った際、本件各青色申告書一面に手描友禅業と記載してある業者については特にその営業の実態を把握していない一方、手描友禅業と記載のない業者については、作成者に対して判断の根拠となった文書である本件各業態文書を取り寄せてその実態を把握したと証言している。

しかし、本件各青色申告書一面に真実手描友禅業という記載があったか否かは不明である。相手方が同業者の実態についてどの程度の調査をしたかを解明する上で、本件各文書は必要不可欠である。

三 文書の所持者

<1> 基本事件乙一一号証の同業者調査表で示されたAないしGの各業者に関する文書につき

京都市上京区一条通西洞院東入元真如堂町三五八

上京税務署

<2> 同乙一二号証の同業者調査表で示されたAないしCの各業者に関する文書につき

京都市中京区柳馬場通二条下ル等持寺町一五

中京税務署

<3> 同乙一三号証の同業者調査表で示されたAないしCの各業者に関する文書につき

京都市下京区間之町五条下ル大津町八

下京税務署

<4> 同乙一四号証の同業者調査表で示されたAないしFの各業者に関する文書につき

京都市右京区西院上花田町一〇の一

右京税務署

<5> 同乙一五号証の同業者調査表で示されたAの業者に関する文書につき

京都市東山区渋谷通大和大路東入下新シ町三三九の五

東山税務署

<6> 同乙一六号証の同業者調査表で示されたAないしEの各業者に関する文書につき

京都市左京区聖護院円頓美町一八

左京税務署

四 文書提出の義務の原因

民訴法三一二条一号

別紙二(申立人の意見)

一 民訴法三一二条一項所定の「引用」の要件該当性について

民訴法三一二条一号所定の「引用」とは、当事者が文書を証拠として引用する場合のみならず、文書の存在・内容を引用している場合をも含むものである。

基本事件で、被告は、青色申告書に基づいて抽出した類似同業者から行われた推計を実施して更正処分を行っているのであるから、本件各文書の存在と内容を引用していることは明らかである。

二 民訴法三一二条一項所定の「当事者カ…自ラ所持」の要件該当性について

民訴法三一二条一項における文書の所持者とは、文書の処分権限を持つ者であるところ、本件各文書の処分権限を有している者は国である。申立人が本件申立てにおいて本件各文書の所持者として表示している各税務署は、単に事務手続上の便宜から国の機関として文書を所持しているにすぎない。また、基本事件訴訟の被告は中京税務署長ではあるが、国の一機関であることには変わりはない。

したがって、本件各文書の所持者として表示した各税務署と本件申立ての相手方たる中京税務署長との関係は、国という一つの法人の内部で権限の分配を受けているだけの関係にすぎず、独立の当事者として考えるべきではない。

三 文書提出拒絶事由の存否について

基本事件では、類似同業者が自己の職業をどのように表現しているかが問題となっているにすぎない。そうであれば、該当欄、各同業者の売上原価などのみ残せばよいのであって、氏名、住所等の当事者の特定につながる情報部分を隠せば守秘義務は貫徹される。守秘義務の存在は、文書の提出を一律に拒否する根拠とはなり得ない。

別紙三(相手方の意見)

一 民訴法三一二条一項所定の「引用」の要件該当性について

民訴法三一二条一号所定の「引用」とは、当事者の一方が、その主張を明確にするために、文書の存在について、具体的・自発的に言及し、かつ、その存在・内容を積極的に引用することをいう。

相手方は、基本事件訴訟において、本件各文書の存在について、具体的・自発的に言及したことは全くなく、かつ、本件各文書そのものの存在・内容を積極的に引用して相手方の主張を述べたこともない。相手方は、乙一一ないし一六の各同業者調査表(以下「本件各同業者調査表」という。)を引用し、書証として提出しているが、本件各同業者調査表は本件各文書とは別個の文書であるから、これをもって本件各文書自体を引用したことにはならない。

二 民訴法三一二条一項所定の「当事者カ…自ラ所持」の要件該当性について

行政庁を被告とする訴訟において、法の規定により、行政官署に存在する文書の提出命令が申し立てられた場合、民訴法三一二条一号における文書の所持者とは、当該文書の保管の責めに任じ、その閲覧の許否を決定する権限を有する行政庁をいう。

本件各同業者調査票の基礎とされた青色申告書等については、各税務署長が保管の責めに任じ、その閲覧の許否を決定する権限を有する以上、本件各文書の所持者は、上京、中京、下京、右京、東山及び左京の各税務署長である。このことは、国税通則法二一条一項の規定からも明らかである。

そして、右各税務署長のうち、上京、下京、右京、東山及び左京の各税務署長は、民訴法三一二条一号の「当事者」に該当しないから、右の者につき、本件各文書の提出義務原因は存しない。

三 文書提出拒絶事由の存否について

1 民訴法二七二条は、公務員を証人として職務上の秘密につき尋問するには監督官庁の承認が必要であると規定しているところ、民訴法三一二条所定の文書提出義務は、裁判所の審理に協力すべき公法上の義務であり、基本的には証人義務、証言義務と同一の性格を有するものと解されるから、文書の所持者については、その提出につき民訴法二七二条、二八一条一項一号が類推適用され、守秘義務があるときは、当該文書の提出を拒むことができるものと解される。

本件各文書には納税者個人の秘密に属する事項の記載が存することは極めて明白であり、右事項は、各税務署長が国家公務員として職務上知り得た秘密にほかならないから、当然守秘義務を負う(国家公務員法一〇〇条、所得税法二四三条)。したがって、本件各文書の所持者である各税務署長は、民訴法二七二条、二八一条一項一号の類推適用により、本件各文書の提出を拒むことができると解するべきである。

2 申立人の主張に対する反論

(一) 青色申告書には、申告者の筆跡等申告者個人が特定され得る可能性の高い事項が存在していることに加えて、本件の業者は申立人と同業者である手描友禅業者であること、申立人の近隣に所在する等限られた地域の業者であることから同業者が特定の範囲の者に絞り込まれることになり、たとえ、事業規模、所得の内容、世帯の構成、青色申告者の固有名詞を秘匿した文書であったとしても、売上原価等の記載や筆跡など個人に関する秘密部分が残る以上、守秘義務が完全に確保されるという保証が得られるものではない。

(二) 青色申告書の原本のうち、当事者の特定につながる氏名、住所など固有名詞を削除した写しの提出を求めることは、原本所持者に対し原本と異なる文書、すなわち、右申立時存在しない文書を作成し、その写しを提出することを求めるものであり、文書提出命令の制度に含まれないばかりか、民訴法三二二条の原本提出主義にも背く結果となり許されない上、相手方には当該固有名詞を削除した文書を作成する義務は存在しない。よって、申立人の主張するような氏名、住所など固有名詞を削除する等加工された文書そのものについては、もはや引用文書の原本ではなく、当事者によって新規に作成された文書であって、民訴法三一二条一号の適用範囲外である。

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